
リラックスしようと思っても、なぜかうまくいかない…
このような症状に悩んでいる方は多いのではないでしょうか。一般的に「自律神経のバランスが崩れている」と言われることがありますが、実はその理解には重要な見落としがあるかもしれません。
従来の自律神経に関する説明では、交感神経と副交感神経の「天秤のようなバランス」がよく使われます。しかし最新の神経科学研究では、この天秤理論だけでは説明できない「第3の反応」があることが明らかになっています。今回は、この新しい理解が体調不良の謎を解く鍵になるかもしれません。
もくじ
従来の自律神経理論の限界とは
多くの健康情報では、自律神経を以下のように説明しています。
- 交感神経:「アクセル」の役割で、活動時に優位になる
- 副交感神経:「ブレーキ」の役割で、リラックス時に優位になる
このような相反する役割を持っていることから天秤に見立てて「自律神経のどちらが優位になっているか?」という風に説明されているのが従来の天秤理論です。

この理解は確かに基本的な仕組みとしては正しいのですが、現実の体験と合わない場面があります。例えば、極度のストレス状況で「頭が真っ白になって動けなくなった」「恐怖で体が固まってしまった」という経験は、単純な「交感神経優位」では説明できません。
見落とされてきた「フリーズ反応」
実は、危険を察知した時の人間の反応には3つの段階があります。これをスティーブン・ポージェス博士によるポリヴェーガル理論では次のように説明しています。
- 社会的関与:まず他者とのつながりで安全を確保しようとする
- 闘争・逃走:それが無理なら戦うか逃げるかの行動を取る
- フリーズ・シャットダウン:どちらも不可能な場合、「動かない」ことで生き延びようとする
この第3段階の「フリーズ・シャットダウン」が、従来の理論では見落とされていた重要な反応なのです。

ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)は1994年に発表された比較的新しい理論です。「poly」は「複数」「多重」を意味し、「vagal」は自律神経系の一部である「迷走神経」を意味します。ポリヴェーガル理論は確立途上の理論であり、今後の研究成果によってより強固な理論体系の確立や臨床的エビデンスが期待されています。そのため、1つの参考としてお読みください。
ポリヴェーガル理論が明かす自律神経の真実
ポリヴェーガル理論では、自律神経系を以下の3つのシステムに分けて理解します。
1. 社会的関与システム(腹側迷走神経複合体)
- 安全を感じている時に活性化
- 他者とのコミュニケーションや学習能力が向上
- 表情豊かで、声のトーンも穏やか
2. 動員システム(交感神経系)
- 危険を感じた時の「闘争・逃走」反応
- 心拍数や血圧の上昇、筋肉への血流増加
- 従来の理解と同様の「アクセル」機能
3. 不動化システム(背側迷走神経)
- 極度の危険で「生きるために動かない」戦略
- 心拍数低下、筋緊張の低下、解離状態
- これが「フリーズ現象」の正体
なお、ポリヴェーガル理論についてはこちらの書籍が読みやすいかと思います(Amazonのリンクに飛びます)。
神経受容:意識しない安全判定システム
ポージェス博士は「神経受容(ニューロセプション)」という概念も提唱しています。これは、私たちが意識する前に、脳が環境の安全性を自動的に判定するシステムです。
この判定に基づいて、上記3つのシステムのどれを使うかが無意識に決まります。つまり、「リラックスしよう」と意識的に思っても、神経受容が「危険」と判定していれば、体は緊張状態から抜け出せないのです。

トリビア:自律神経研究の意外な歴史
少しだけ自律神経研究の歴史を振り返ってみましょう。自律神経の研究が進んだのは、実は比較的最近のお話なのです。
200年前は「動物生活」と「有機生活」だった!?
実は自律神経という概念は比較的新しく、19世紀初頭のフランス解剖学者ビシャは生命現象を「動物生活(意識的な活動)」と「有機生活(無意識的な内臓機能)」に分けていました。現在の自律神経系は、この「有機生活」から発展した概念なのです。
「自律神経」という名前の誕生は20世紀
現在使われている「自律神経系(Autonomic Nervous System)」という用語は、1921年にイギリスの生理学者ラングレーが提唱したものです。それまでは「不随意神経系」や「植物神経系」など、様々な名称で呼ばれていました。自律神経という用語が使われ始めて100年ちょっとしか経っていないのです。
昔は「一方通行」だと思われていた
19世紀から20世紀初頭まで、自律神経は脳から内臓への「一方通行の命令系統」だと考えられていました。しかし現在では、内臓から脳への情報伝達(内臓求心性神経)も非常に重要であることが分かっています。実際、迷走神経の約80%は内臓から脳への情報を運ぶ求心性線維とされています。

フリーズ現象と筋緊張低下の深い関係
ここからは体が固まるフリーズ現象の2つのパターンをご紹介ます。
トラウマ反応としてのフリーズ
過度に体が柔らかい方の中には、トラウマ反応による筋緊張低下が原因の場合があります。これは背側迷走神経系の活性化により生じる現象で、以下の特徴があります。
- 自分の体の感覚が鈍い
- 痛みを感じにくい
- 柔軟性のコントロールが困難
- 慢性的な疲労感
こちらのフリーズ現象の例についてはこちらの記事で取り上げたように体が柔らかすぎるようになることがあります。
「体が硬い」場合のフリーズ
一方、筋肉が過度に緊張して「体が硬い」状態も、実は慢性的なフリーズ反応の可能性があります。これは以下のメカニズムで起こります。
- 持続的なストレス状況
- 闘争・逃走ができない状態の継続
- 背側迷走神経の部分的活性化
- 筋肉の「固着」状態
こちらのフリーズ現象の例についてはこちらの記事で取り上げたように体が硬くなるようになることがあります。
日常生活で気づく3つのサインチェック
あなたの自律神経がどの状態にあるか、以下の項目でチェックしてみましょう。
社会的関与システムが働いている時
- 人との会話が楽しい
- 新しいことを学ぶ意欲がある
- 表情が豊かで、声にも抑揚がある
動員システム(交感神経)優位の時
- 心拍数が高く、落ち着かない
- イライラしやすい
- 頭の中がずっと忙しい
不動化システム(背側迷走神経)優位の時
- 何をするのも億劫
- 感情が平坦で、喜怒哀楽が乏しい
- 体がだるく、慢性的に疲れている
なお、これらはあくまで目安であり、医師の診断に代わるものではありません。
自律神経バランスを整える5つの実践法
ポリヴェーガル理論に基づくと、自律神経バランスとを整える方法として次のようなものが挙げれます。
1. 安全感を育む環境づくり
神経受容が「安全」と判定できる環境を意識的に作ることが重要です。
- 信頼できる人との時間を増やす
- 慣れ親しんだ場所でのリラックス時間
- 予測可能な日常ルーティーンの確立


2. 呼吸法による迷走神経の活性化
特に腹側迷走神経を活性化させる呼吸法が効果的です。例えば次のような手順で行う4-7-8呼吸法があります。
- 鼻から4秒かけて吸う
- 7秒間息を止める
- 口から8秒かけてゆっくり吐く
- これを3-4回繰り返す


3. 社会的つながりの活用
ポリヴェーガル理論では、他者との安全なつながりが最も効果的な調整法とされています。
- 信頼できる人との会話
- ペットとの触れ合い
- 歌を歌う、楽器を演奏する


4. 軽い運動による段階的活性化
フリーズ状態から抜け出すには、急激ではなく段階的な活性化が重要です。
- 散歩などの軽い有酸素運動
- ゆっくりとしたストレッチ
- ヨガや太極拳


5. 栄養面からのサポート
神経系の正常な機能には適切な栄養素が不可欠です。
- マグネシウム:神経の興奮を抑制
- ビタミンB群:神経伝達物質の合成
- オメガ3脂肪酸:神経細胞膜の健康維持


Q&A:よくある質問と回答
よくいただく質問にお答えします。


- Shao Y, Chen Y, Li Y, et al. Roles of Heart Rate Variability in Assessing Autonomic Nervous System in Functional Gastrointestinal Disorders: A Systematic Review. Front Neurosci. 2023;17:9857852. https://doi.org/10.3389/fnins.2023.9857852
- Li H, Li Y, Liu Y, et al. Optimizing Autonomic Function Analysis via Heart Rate Variability Associated With Motor Activity of the Human Colon. Front Physiol. 2021;12:8275990. https://doi.org/10.3389/fphys.2021.8275990
- Wang Y, Zhang X, Li L. A focus on the assessment of the autonomic function using heart rate variability. Front Physiol. 2025;16:12085924. https://doi.org/10.3389/fphys.2025.12085924
- Chen Y, Wang X, Li J, et al. Heart rate variability and inflammatory bowel disease in humans. Medicine (Baltimore). 2020;99(48):e23239. https://doi.org/10.1097/MD.0000000000023239
- Hayano J, Yuda E. Pitfalls of assessment of autonomic function by heart rate variability. J Physiol Sci. 2019;69(3):355-362. https://doi.org/10.1007/s12576-019-00673-7
- Bauer A, Malik M, Schmidt G, et al. Autonomic Dysfunction and Risk Stratification Assessed from Heart Rate Pattern. Front Physiol. 2010;1:3024569. https://doi.org/10.3389/fphys.2010.00269
- Editorial: Understanding the role of the autonomic nervous system in health and disease. Front Neurosci. 2024;18:11233752. https://doi.org/10.3389/fnins.2024.11233752
- • 8. Perpetuini D, Cardone D, Filippini C, et al. Assessment of autonomous nerve system through non-linear heart rate variability outcomes in sedentary healthy adults. PeerJ. 2020;8:e10178. https://doi.org/10.7717/peerj.10178
まとめ:新しい理解で体と心の調和を
ポリヴェーガル理論に基づくと、自律神経のバランスは単純な「交感神経と副交感神経の天秤」ではなく、3つのシステムの協調によって成り立っています。特に見落とされがちな「フリーズ・シャットダウン反応」を理解することで、これまで説明がつかなかった体調不良の原因が見えてくるかもしれません。
重要なのは、どの状態も「悪い」わけではなく、生存のために必要な反応だということです。しかし、問題はその反応が現在の状況に適さない形で続いてしまうことにあります。
ポリヴェーガル理論の理解を深めることで
- 自分の体の反応により共感的になれる
- 適切な対処法を選択できる
- 根本的な安全感の構築に取り組める
体の不調は、あなたの神経系が「最善を尽くして生き抜こうとしている」証拠でもあります。その声に耳を傾け、適切なサポートを提供していくことが、真の健康への道筋となるでしょう。
自律神経研究の200年の歴史を振り返ると、私たちの理解は常に進歩し続けています。現在の知識も将来さらに発展するでしょうが、今できることから始めて、自分の体と心により良い関係を築いていくことが大切です。
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最近なんだか疲れやすくて、夜も眠れない…