最近、裸足に近い薄底サンダル『ワラーチ(Huarache)』などの伝統的なフットウェアが「健康に良い」という話をSNSや健康系メディアで見かけることがあります。

伝統的なフットウェアは、現代の靴より自然な動きができます!
このような主張(謳い文句?)を目にした方も多いのではないでしょうか。
そして「確かにそうかも…」と思う気持ちもよくわかります。前回の番外編(第8部:『EasyToneから学ぶ|効率的な靴が、なぜ痛みを悪化させたのか?』)でも取り上げたように、「現代の靴には問題があるのではないか?」という疑問は科学的にも理由のないことではありません。
しかし、「伝統的なフットウェアに戻ること」が、果たして現代の日本で暮らす私たちの体に本当に良いのでしょうか?
今回は、ワラーチに代表される伝統的なフットウェアをめぐる科学的な知見を整理しながら、「何でも”自然に近いもの”が良い」という単純化への落とし穴と「今の自分の状態」を出発点にすることの大切さについて考えていきたいと思います。
もくじ
ワラーチとは何か?
ワラーチ(Huarache)は、メキシコの先住民族のタラウマラ族(ララムリ族)が伝統的に使用してきた薄底サンダルです。

ワラーチはタイヤのゴムや革を薄くカットし、紐で足に固定したシンプルな構造で、かかとからつま先まで一様な薄さが特徴です。タラウマラ族は、このサンダルを履いて100マイル(約160km)以上の超長距離レースを走ることでも知られ、2009年に出版された書籍『BORN TO RUN』でその存在が広く知られるようになりました。
ここ最近でワラーチが注目されるようになったのは、一つには「現代の厚底・高クッション靴に対するカウンターカルチャー」としての側面があると私は考えています。

前回の第8部で解説した通り、クッション性の高い靴は足裏の感覚受容器(メカノレセプター)への刺激を弱め、長期的には足部の固有受容感覚や内在筋の機能を低下させる可能性があるという研究があります。
それを踏まえると、「感覚入力を豊かに保てるフットウェア」という発想は、科学的に全く根拠がないわけではありません。
本記事を書くきっかけになったワラーチですが、日本での愛好家の増加は2010年台後半からと言われています。
一方、厚底のランニングシューズは2016年リオ五輪前後から話題になり、日本ではナイキの厚底ランニングシューズが箱根駅伝の出場選手が使用し、記録の大幅更新もあってさらに話題になりました。
より遡ると、実はワラーチを紹介している書籍『BORN TO RUN』の影響で、2010年頃は薄底のランニングシューズが流行っていました。
よく「流行は繰り返す」と言われますが(単なるファッションとしての流行とは文脈が違うにしても)、フットウェアの底の厚い・薄いの流行も今後、繰り返されるのかもしれません。
「裸足に近い靴=体に良い」の根拠と限界
では、「裸足に近い靴」が果たして本当に「健康に良い」のか、科学的・学術的な知見を確認していきましょう。
科学が支持する部分
裸足・ミニマルシューズ(薄底靴)についての研究は、2010年代以降に急増しました。
Liebermanら(2010年)がNature誌に発表した研究では、裸足で走る習慣のあるケニア人やタラウマラ族の走者は、靴を履いた走者に比べて踵(かかと)着地の衝撃力のピーク値が有意に低い傾向があることが示されました。特に、前足部または中足部で着地する走者は、踵着地走者と比べて初期衝撃のピーク値が大幅に小さくなることが報告されています。
また、8週間のミニマルシューズ歩行で足部内在筋のサイズと筋力が向上し、足のアーチをサポートする筋力が向上する可能性を示した研究や、裸足・ミニマルシューズによる活動の増加が固有受容感覚の改善をもたらす可能性も複数報告されています。
さらに、伝統的なインド靴(コルハープリ:薄底で足に沿ったサンダル)の着用者は、裸足歩行に近い足部バイオメカニクスを示すことも確認されており、このことから伝統的なミニマルフットウェアの使用が足部機能の維持に関連している可能性があります。

科学が支持しない部分・過度な単純化
一方で、「裸足・ミニマルシューズ=誰にでも良い」という単純な結論は、複数の研究によって否定されています。
まず着地パターンについて、「裸足で走れば必ず前足部着地になる」は過度な単純化です。ワラーチを日常的に履くタラウマラ族を対象にした研究では、40%が中足部着地、30%が前足部着地でしたが、30%はかかと着地(ヒールストライク)のままでした。
着地パターンは「何を履くか」だけでなく、速度・路面・疲労度・個人の身体特性によって変化します。
また、靴なし・ミニマルシューズは前足部への負荷とアキレス腱への負担が増加することも一貫して示されています。裸足ランナーの研究では、かかと・膝の怪我は減少する一方で、ふくらはぎ・アキレス腱の怪我は増加するという結果も報告されています。

足部への影響|切り替えたら何が変わるか
「慣れ親しんだ動作パターン(抵抗最小パス)」については本記事を含む『姿勢・動作シリーズ』の第5部『「くせ」の科学|関節の抵抗最小パスと、タスクに最適化されない動きのしくみ』で解説しましたが、フットウェアの変更はまさに、この「慣れ親しんだ動作パターン」を急激に変える行為です。
| 変化の種類 | 内容 |
|---|---|
| 着地パターンの変化 | 踵着地→中足部・前足部着地へのシフト(個人差あり) |
| アキレス腱・ふくらはぎへの負荷増加 | 前足部着地では踵挙上(ヒールライズ)幅が大きくなり、アキレス腱の伸張量が増える |
| 足部内在筋の活性化増加 | 保護のない足裏への刺激が増加し、足指・足底の筋が動員されやすくなる |
| 衝撃の分配変化 | 踵への衝撃は減るが、前足部・中足骨への負荷が増加する |
習慣的に現代的な靴を履いてきた人がミニマルシューズに急激に切り替えた場合、非習慣的使用者では脛骨の加速度(衝撃)が習慣的使用者の約1.5倍に増加することも報告されています。これは足の組織が新しい負荷パターンに適応するまでの移行期に、むしろ怪我のリスクが高まる可能性を示唆しています。
つまり、フットウェアを切り替えるとしても「段階的な移行」が重要という点は研究者間でほぼ一致しており、急激な切り替えは避けるべきと考えられています。
「路面環境」という見落とされた変数
ワラーチなどの伝統的なフットウェアについて議論するとき、よく見落とされるのが現代日本の路面環境です。
タラウマラ族がワラーチで走るのは、メキシコ・シエラマドレ山脈の土や岩の上です。第3部『ヒト本来の歩き方はあるのか?狩猟採集民の研究から自然な歩行・走行を考える』でご紹介した大規模研究の著者らも指摘するように、人間の足は本来、不規則で変化に富んだ地面を歩くように進化しています。

足は人間工学上、最大の傑作であり、そしてまた最高の芸術作品である
レオナルド・ダ・ヴィンチも足の構造の素晴らしさを表現する言葉を残しています。

では、現代日本の日常生活ではどうでしょうか。
- 駅・オフィスビル・商業施設はほぼすべてコンクリート・タイルの床
- 歩道・道路はアスファルト舗装
- 室内は硬いフローリングや大理石
このような均一で硬い路面は、足への衝撃を変化なく繰り返すという点で、土や砂の上とはまったく異なる環境です。裸足・ミニマルシューズを「自然環境での使用」から「硬い都市環境での使用」に移すことで、足・膝・脊椎への負担が変化することも報告されています。
路面とミニマルシューズの関係
ここまでの話のまとめとして、路面の種類とミニマルシューズの関係を表にすると以下のようになります。
| 路面の種類 | 衝撃吸収の主体 | ミニマルシューズの適性 |
|---|---|---|
| 柔らかい土・芝・砂 | 地面自体が吸収 | 比較的適合しやすい |
| アスファルト・コンクリート | 足・関節・脊椎が吸収 | 注意が必要・個人差大 |
| 均一な床材(室内) | 足・関節が吸収 | 使用目的・状態次第 |
ワラーチを推奨する研究者たちも、「土や草の上から始めること」「コンクリートでの長時間使用は段階的に」という注意点を強調しています。
現代生活での現実的な選択肢
科学的な知見を整理すると、現代日本の生活環境において「ワラーチや薄底靴が全員に良い」とも「現代の厚底靴が絶対に正しい」とも言い切れないことがわかります。
第7部(『姿勢・骨格の「正常値」では見えないもの|”あなたにとっての機能的最適”とは』)でお伝えした「今の自分の状態を出発点にする」という考え方は、靴・走り方にもそのまま当てはまります。
現状別の考え方
簡単ですが、現在の状態ごとの考え方のポイントを表にまとめました。
| 状態 | 考え方のポイント |
|---|---|
| 痛みがない・健康的に運動している | 少しずつ薄底を取り入れてみることは選択肢の一つ。足部筋力の強化と並行させることが大切 |
| 足・膝・腰に慢性的な痛みがある | 靴を急に変えることは代償動作を強化するリスクがある。まず専門家へ相談を |
| これまでずっと厚底靴を履いてきた | 足部内在筋が弱化している可能性。段階的な移行と筋力トレーニングが推奨される |
| 高齢・転倒リスクが高い | 薄底は足裏の感覚入力を増やす可能性がある一方で、クッション不足は転倒リスクを高めることもある。医師・理学療法士への相談が優先 |
整体の立場から伝えたいこと
整体院すいっちでは、フットウェアのご相談を受けることもあります。その際にお伝えしていることが3つあります。
「自然に近い=誰にでも良い」ではない
「自然に近いもの」が良いという直感は理解できます。しかし、人間の体は今の環境・習慣・年齢に応じて適応してきており、突然「原始的な状態に戻す」ことが最適とは限りません。
第6部『“正常発達”をどう見るか?|乳幼児の運動発達・文化差・個人差から考える』で解説したように、身体の動き方は生育環境・生活習慣・骨格の個人差の中で形成されており、「正しい元の姿に戻す」という単純な発想が通じないことは科学的に示されています。
「今の自分の状態」から始める
薄底靴・裸足歩行を取り入れるなら、まず足部の状態を確認してからがおすすめです。
- 足のアーチが低下していないか
- 足指が適切に機能しているか
- 足底・アキレス腱に痛みがないか
これらを踏まえたうえで、短時間・柔らかい路面から始める段階的な移行が、科学的に見ても合理的なアプローチです。
整体でできること・できないこと
整体院では、靴の処方・診断を医療行為として行うことはできません。
ただし、施術を通じて足部・下肢の緊張をほぐし、動きやすい状態を整えることはサポートできます。足や脚の動きで気になることがあれば、お気軽にご相談ください。
なお、関節の変形・強い痛みがある場合は、医師・理学療法士・義肢装具士への相談を最優先でお願いいたします。

よくあるご質問
ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

- タラウマラ族はワラーチで走るが、「裸足に近い靴=必ず前足部着地になる」は過度な単純化であり、タラウマラ族の中でも約30%はかかと着地のままである
Lieberman DE, Venkadesan M, Werbel WA, et al. Foot strike patterns and collision forces in habitually barefoot versus shod runners. Nature. 2010;463(7280):531-535.
https://doi.org/10.1038/nature08723 - ミニマルシューズの継続使用によって足部内在筋の筋力・筋肉量が向上し、足部機能が高まる可能性がある
Holowka NB, Wallace IJ, Lieberman DE. Foot strength and stiffness are related to footwear use in a comparison of minimally- vs. conventionally-shod populations. Sci Rep. 2018;8(1):3679.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5834599/ - 前足部・中足部着地ではかかとへの衝撃は減少するが、アキレス腱・ふくらはぎへの負荷が増加する
Lam WK, Ryue J, Lee KK, Park SK, Cheung JT, Cheung RT. Does current scientific literature support the use of minimalist running footwear? A systematic review. J Sport Health Sci. 2018;7(2):172-183.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6189005/ - 習慣的に厚底靴を使ってきた非習慣的使用者がミニマルシューズに急切り替えすると、脛骨加速度が習慣的使用者より大きく増加し、怪我リスクが高まる
Warne JP, Gruber AH. Transitioning to Minimal Footwear: a Systematic Review of Methods and Future Clinical Recommendations. Sports Med Open. 2017;3(1):33.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5583215/ - 現代の均一で硬い路面(アスファルト・コンクリート)は、ワラーチが本来使われていた土・岩の路面とは衝撃吸収の仕組みが根本的に異なる
Altman AR, Davis IS. Barefoot running: biomechanics and implications for running injuries. Curr Sports Med Rep. 2012;11(5):244-250.
https://doi.org/10.1249/JSR.0b013e31826c9bb9 - 裸足・ミニマルシューズで走ると踵・膝の怪我は減少傾向があるが、アキレス腱・ふくらはぎの怪我は増加する傾向がある
Tam N, Astephen Wilson JL, Noakes TD, Tucker R. Barefoot running: an evaluation of current hypothesis, future research and clinical applications. Br J Sports Med. 2014;48(5):349-355.
https://doi.org/10.1136/bjsports-2013-092404 - 足裏の感覚受容器(メカノレセプター)への刺激が、クッション性の高い靴によって弱まり、足部機能・固有受容感覚に影響する可能性がある
Holowka NB, Lieberman DE. Rethinking the evolution of the human foot: insights from experimental research. J Exp Biol. 2018;221(Pt 17):jeb174425.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6132592/
関連記事
本記事は『姿勢と動作』シリーズの番外編第2部です。特に以下の記事と合わせてご覧いただくと、より理解が深まります。
- 第1部:正常姿勢は本当に正しいのか?解剖学的肢位と”本来の姿勢”を整理する
- 第2部:日本人だからこの姿勢? ― 民族差・文化差と”日本人独自の歩き方”の妥当性
- 第3部:ヒト本来の歩き方はあるのか?狩猟採集民の研究から自然な歩行・走行を考える
- 第4部:機能的に最適な姿勢と歩行とは?|エネルギー最小化原理と個人差の視点から
- 第5部:「くせ」の科学|関節の抵抗最小パスと、タスクに最適化されない動きのしくみ
- 第6部:“正常発達”をどう見るか?|乳幼児の運動発達・文化差・個人差から考える
- 第7部:姿勢・骨格の「正常値」では見えないもの|”その人にとっての機能的最適”とは
- 番外編第1部:EasyToneから学ぶ|効率的な靴が、なぜ痛みを悪化させたのか?
まとめ
本記事のポイントをまとめます。
私が『姿勢・動作シリーズ』を通じてお伝えしたかったことは一貫しています。
「自然だから良い」「昔のやり方に戻すべき」という単純化ではなく、科学的な根拠と”今の自分の状態”を出発点にして体と向き合うこと。
本記事では『姿勢・動作シリーズ』の番外編第2弾をお送りしました。フットウェアの記事が番外編で続きましたが、実は別の視点で番外編が書けそうなので、次回は番外編第3弾をお届けする予定です。
なお、今回はワラーチを例に伝統的なフットウェアについて考えてきましたが、決してそれらを否定しているわけではありません。あくまで“今の自分の状態”を把握し、段階的に慣れていくことの重要性を今一度強調させてください。
神奈川県伊勢原市の整体院すいっちでは、施術だけでなく、日常の姿勢や動作(体の動かし方)を含めた指導も行っております。何か姿勢や動作についてのお悩みや疑問があればお気軽にご相談ください。
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重要な免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的診断や治療の代替となるものではありません。健康に関する具体的な判断や治療については、必ず医師などの医療専門家にご相談ください。本記事の内容により、ご自身の判断で医師の指示に従わないことは、健康上の重大な問題を引き起こす可能性があります。整体施術は医学的な治療ではなく、身体のメンテナンスを目的としたものです。






















「昔ながらの履き物が健康に良い」って聞くけど、本当なんですか?