貧乏ゆすりで関節が回復する?|久留米大学・井上先生が気づいた「動きの力」

貧乏ゆすり

貧乏ゆすりはやめなさい!

子どもの頃、親や先生にこう言われた経験がある方は多いのではないでしょうか。

行儀が悪い。落ち着きがない。そんなイメージを持たれがちな「貧乏ゆすり」ですが、実は医療の世界では、この動きを治療に応用しようとした研究が存在します。

前回の記事(軟骨がすり減った変形性関節症は回復できるのか?|滑膜の線維化と回復の科学)では、線維化した滑膜にも一定の回復可能性があること、そして、「完全回復」ではなく「機能改善と進行停止」が現実的な目標になりうることをお伝えしました。

今回はもう一歩踏み込んで、貧乏ゆすりのような「小さな動き」が関節にどう作用するのか、そして久留米大学名誉教授の故・井上明生先生が提唱したジグリング療法の考え方と科学的背景を、できるだけわかりやすく整理していきます。

「貧乏ゆすり」が医療の世界に登場した背景

ジグリング(jiggling)とは、座った姿勢でかかとを小刻みに上下させ続ける運動のことです。見た目はまさに「貧乏ゆすり」そのものですが、医療の分野ではこれを意図的に行う治療法として位置づけられています。

このジグリング療法を変形性股関節症の保存療法として提唱されたのが、久留米大学名誉教授の故・井上明生先生です。

CPMとの出会い——ソルター博士の発見

井上先生がジグリングを思いついたきっかけのひとつが、カナダの整形外科医ロバート・ソルター博士が考案した「CPM(持続的他動運動)」 という医療機器でした。

ソルター博士は、ある興味深い事実に気づきました。

博士のイラスト

肋骨と背骨をつなぐ肋椎関節や胸肋関節は、呼吸のために生涯にわたって24時間動き続けている。そして、これらの関節には一生涯、関節症がほとんど起こらない。

この着眼点から、ソルター博士は「関節をたえず動かし続ければ、軟骨は再生できるのではないか」と仮説を立て、ウサギの膝関節にCPMを加えると関節軟骨の再生が促されることを動物実験で示しました。

井上明生先生とジグリング療法

ソルター博士のCPMに着想を得た井上先生は、「同様の効果を得られる、もっと簡単で日常的な運動はないか」 と考え、たどり着いたのが「貧乏ゆすり」のような小刻みな振動運動でした。

CPM機器を使えない自宅でも、座った状態でかかとを小刻みに動かすだけであれば、誰でも場所を選ばず続けられます。

こうしてジグリング療法は、変形性股関節症に対する保存療法のひとつとして研究・応用されるようになっていきました。

貧乏ゆすりをしている男女

なぜ小さな振動が関節に良いのか?

ジグリング療法の「なぜ?」は、医学的にもいくつかの観点から説明が試みられています。

軟骨には血管がないからこそ、「動きが栄養になる」

前回の記事((軟骨がすり減った変形性関節症は回復できるのか?|滑膜の線維化と回復の科学)でも触れましたが、関節軟骨には血管がほとんどありません。 そのため、軟骨の細胞は主に滑液(関節液)を介して栄養を受け取っています。

基本的な滑膜関節のイラスト

ここで大切なのが、「動くことで滑液が軟骨に浸透しやすくなる」 という仕組みです。

関節に荷重がかかると、軟骨はスポンジのようにわずかに圧縮されます。荷重が抜けると、軟骨はもとに戻ろうとして周囲の滑液を吸い込みます。この繰り返しが、軟骨の細胞に栄養を届けるポンプ的な役割を担っているのです。

重要なのは、「体重をかけすぎない小さな繰り返し運動」がこのポンプ機能に効果的だということです。座った姿勢でかかとを小刻みに動かすジグリングは、まさにこの条件に合っています。

動くことで増える潤滑成分PRG4(ルブリシン

PRG4(別名:ルブリシン/lubricin) は滑液の中に含まれる成分のひとつで、関節面同士のすべりを保ち、軟骨の表面を保護する役割を担っています。

注目すべきは、PRG4の産生量が関節の「動き」と連動しているという研究結果です。

関節に継続的な他動運動(CPM)を加えると、軟骨細胞によるPRG4の産生が増えることが示されています。さらに、機械的な刺激(流体刺激や圧縮など)が関節軟骨のPRG4産生を促進することを示した実験的研究も複数存在します。

つまり、動かすことで関節を守る潤滑成分が増えうるという可能性です。逆に言えば、動かさないでいると、この潤滑成分の産生が低下するリスクがあるということでもあります。

炎症を抑える「抗炎症効果」

第2回の記事では、関節の炎症が長引くことで滑膜の線維化が進みやすいことをお伝えしました。この炎症を「動き」で抑えられる可能性が研究で示されています。

適度な運動は、炎症性サイトカイン(IL-1βやTNF-αなど、炎症を引き起こす物質)を減らし、抗炎症性サイトカイン(IL-10など)を増やすことが報告されています。

変形性膝関節症の患者さんを対象にした研究では、変形性膝関節症の患者さんを対象にした研究では、運動後に体内の抗炎症物質(IL-10)が増加したという報告がありますという報告があります。

もちろん、これはすべての運動が同じ効果をもたらすという意味ではありません。当然、炎症が強い時期に強すぎる運動をすることは逆効果になる可能性もあります。運動の質・量・タイミングが重要なのは、ここでも変わりません。

実際にどんな研究結果があるのか

ここまでお読みになると、こんな疑問をお持ちになると思います。

質問をする女性

理屈はわかったけど、実際に効果はあるの?

ここからはジグリング療法の研究報告をご紹介していきます。

末期変形性股関節症でも関節裂隙が広がった

ジグリング療法の代表的な研究報告では、末期・進行期の変形性股関節症患者9名(9股関節)が入院中にジグリングを行ったところ、多くの症例で関節裂隙幅と痛みスコアが改善したことが示されましたことが示されました。

変形性股関節症のレントゲン画像

また別の報告では、関節保存術が難しかった28歳女性と、人工股関節の適応に問題があった74歳女性の2症例が、ジグリングのみで1年後に著明な症状改善、3年後にはX線上でも関節のリモデリング(形の変化)が確認されたと報告されています。

さらに、手術せずにジグリングのみを行った末期変形性股関節症の症例では、約30%(43股)に関節裂隙の開大(拡大)が見られたという報告もあります。

ただし、これらは症例報告や後ろ向き研究が中心であり、大規模なランダム化比較試験(RCT)による検証はまだ限られています。これらの研究結果を「効果が証明されている」と解釈しすぎることには注意が必要です。

重症でも、あきらめないという発想の意義

私個人として、この研究で注目したいのは「末期・進行期でも一定の変化が起きた」という点です。

前回もお伝えしたように、「軟骨がすり減ったら終わり」「重症だからもう何もできない」という決めつけは、現在の研究の流れとは必ずしも一致しません。もちろん、状態によっては手術が最善の選択肢になる場合もあり、それ自体を否定するものではありません。

ただ、適切な範囲で「動き続けること」が関節の環境に与える影響は無視できないということは伝えておきたいポイントです。

ジグリング療法の効果はいつ出るのか?

困ったり悩んだりしている高齢女性のイラスト

貧乏ゆすりが効果があるらしいことを知れたのは嬉しいけれど…実際、どれくらいで効果が出るものなの?

という疑問もあると思いますし、ここは非常に大切な部分なので、正直にお伝えします。

ジグリング療法の効果が現れるまでには、相応の時間と継続が必要です。井上先生の指導によれば、目安は次のとおりです。

  • 痛みや症状への変化: 個人差はあるが、数週〜数ヶ月で感じ始める方もいる
  • X線上での変化(関節裂隙の開大など): 1〜2年以上の継続が必要とされる
  • 維持のための目安: 健康ゆすり器使用で約1時間50分、手動では3〜4時間

これを踏まえると、私個人の感覚ではかなりの継続力を要すると思います。「貧乏ゆすりがクセになるくらいやる」という表現が使われることもあるようですが、日常の中で自然に取り入れないと続かない量です。

また、股関節に痛みが出たり悪化した場合はすぐに中止すること、人工股関節が入っている方は行わないことが注意点として挙げられています。

整体やセルフケアの観点から

ひらめいた男性

じゃあ、とりあえず貧乏ゆすりをすれば良いってことか!

と思われるかもしれませんが、一概にそうとは言えません。大切なのは「どんな刺激を、いつ、どのくらい与えるか」のバランスです。

ジグリング療法が座位で行う理由も、体重をかけすぎない状態でリズミカルな刺激を与えるためです。荷重がかかりすぎると、この「適度な刺激」の範囲を超えてしまう可能性があります。

整体院では医療行為は行えませんし、ジグリング療法の効果を保証するものではありません。ただ、「日常の動き方の中で、関節への偏った負荷をできるだけ減らしながら、必要な刺激を届ける環境をつくるサポート」は、整体や運動指導の立場で考えられることのひとつだと思っています。

この「機械的刺激の量と質の調整」については、次回の第4回でさらに深掘りしていく予定です。

膝に対して検査をしている整体師

ここまでお読みいただく中で

疑問を浮かべる女性

自分の場合はどれくらい動かしていいのかな?

疑問を浮かべる男性のイラスト

ジグリング以外に、日常生活で気をつけるポイントとかあるのかな?

と感じている方も多いと思います。

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よくあるご質問

ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

Q&Aの画像

井上先生の研究は主に股関節を対象としていましたが、「動きが軟骨の栄養補給やPRG4産生を助ける」という仕組み自体は、膝関節など他の関節にも当てはまる可能性があると考えられています。

ただし、膝への応用に関する研究はまだ少なく、慎重に見ていく必要があります。

使い方によっては有用な可能性がありますが、使用前に整形外科医など専門医に相談する ことが大切です。

特に症状が強い時期、人工関節が入っている場合、整形外科的な評価が未済の場合は、自己判断での使用を控えてください。

痛みが強いときや炎症が活発な時期は無理に行わないことが基本です。

痛みが出たり悪化した場合はすぐに中止してください。

当院では施術とは別に、日常の体の使い方やセルフケアについてお伝えすることは可能です。ただし、ジグリング療法は医師によって必要性と適切な方法を確認してから始めることをお勧めしています。

  1. ジグリングにより関節裂隙幅や症状が改善した症例・ケースシリーズが報告されている
    Nakamura J, et al. Short-term changes in radiographic joint space width after jiggling exercise as conservative treatment for hip osteoarthritis: A retrospective case series of nine patients. Case Rep Orthop. 2021;2021:2804193.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8219140/
  2. 軟骨には血管がほとんどなく、滑液からの拡散と機械的負荷(荷重・解放の繰り返し)によって栄養供給が行われる
    Urban JPG, Hall AC, Gehl KA. Influence of cyclic loading on the nutrition of articular cartilage. Ann Rheum Dis. 1993;52(3):141-147.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1004145/
  3. 機械的な運動刺激(CPMや小さな反復運動)はPRG4(ルブリシン)産生を高め、関節の潤滑と軟骨保護に寄与しうる
    Ogawa H, Kozhemyakina E, Hung HH, et al. Mechanical motion promotes expression of Prg4 in articular cartilage. J Orthop Res. 2014;32(7):951-956.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3909787/
  4. 適度な運動は炎症性サイトカインを抑え、抗炎症性サイトカイン(IL-10など)を増やすなど、抗炎症効果を持つ可能性がある
    Arthritis Foundation. 8 Ways Exercise Helps Your Joints. Arthritis Foundation; 2026.
    https://www.arthritis.org/health-wellness/healthy-living/physical-activity/getting-started/8-ways-exercise-helps-joints
  5. 適切なパッシブモーション(CPMなど)は実験的OAモデルで軟骨変性を抑制したり、炎症を軽減したりすることがある
    Zhang J, et al. The repair effect and mechanism of continuous passive motion on osteoarthritis in a rabbit model. BMC Musculoskelet Disord. 2024;25:145.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9185065/

関連記事

本記事では、ジグリング療法という観点から動きが関節に与える影響を整理しました。

前回・前々回の記事と合わせてお読みいただくと、「なぜ水が溜まるのか」「なぜ線維化が起きるのか」「なぜ動かすことが大切なのか」という流れがつながります。

膝の痛みで膝を支えている様子
変形性膝関節症のレントゲン写真を見ながら医師が説明している様子

まとめ:「動かないこと」の方が怖いかもしれない

「貧乏ゆすりをやめなさい」と言われ続けてきた動きが、医療の世界では関節を助ける可能性として研究されていました。これは興味深いことだったのではないでしょうか?

軟骨には血管がないからこそ、「動くこと」が栄養の補給路になり、潤滑成分の産生を助け、炎症を和らげる可能性がある。この視点は、変形性関節症との付き合い方を考えるうえで大切な土台になると感じています。

ただし、「動かせばなんでも良い」わけではありません。大切なのは適切な質・量・タイミングです。そして重症に見えても「まだできることがあるかもしれない」という発想は、あきらめずに動き続けるための一歩になりうると思います。

次回は第4回として、「ぶら下がり・関節への牽引」 をテーマに、負荷を減らす方向からの刺激アプローチについてお伝えしていきます。ぜひ引き続きお読みください。

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