難波歩き・江戸走りは本当に「日常的」だったのか?|よく聞く言説から起源を検証する

難波歩き
博士のイラスト

難波歩きは江戸時代の日本人が日常的に行っていた歩き方です

という言説を一度は見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

前回の記事(難波歩き・江戸走りをどう評価するか?|利点と欠点を冷静に整理する)では、難波歩きの運動学的な利点・欠点を整理しました。今回はその番外編として、「難波歩きは本当に日常的な歩き方だったのか」という起源説そのものを、史料や研究データをもとに検証していきます。

なお本記事は、現時点で確認できる知見をもとにした一般的な情報提供であり、特定の運動法や歴史的解釈を断定するものではありません。歴史的な事実については学問的に議論が続いている領域も多いことをご了承ください。

なぜ「起源」を検証する必要があるのか

難波歩きを紹介する情報の中には、「昔の日本人は日常的にこう歩いていた」という前提のもとで健康効果が語られることがあります。しかし、その前提自体がどの程度の裏付けを持つものなのかを確認しておくことは、難波歩きという身体操作を正しく評価するうえで欠かせない作業だと考えています。

以前に更新した記事(日本人だからこの姿勢?民族差・文化差と”日本人独自の歩き方”の妥当性)でもお伝えしたとおり、「日本人だから」という説明には慎重な検証が必要です。今回はその検証を、(あくまで私が見聞きした範囲になりますが)難波歩き推奨論の代表的な根拠に沿って、一つひとつ確認していきます。

根拠1:「刀を差していたから体を捻らなかった」

侍

難波歩きは、武士が刀を差していたため、体を捻ると鞘が邪魔になり、捻らない歩き方が定着したものです

難波歩きの起源として、帯刀による影響を挙げるものがあります。

しかし、江戸時代の身分構成を見ると、武士は人口の約6〜7%にすぎず、農民が約85%、町人が約5〜13%を占めていました。帯刀を特例で許された農民・町人も、全国で推定1万5,000〜2万人程度、人口比にすると約0.07%程度とされています。

つまり、人口の90%以上を占める非武士階級には、この説明はそのまま当てはまりません。「刀を差していたから」という理由だけでは、日本人全体の歩き方を説明することはできないと考えられます。

根拠2:「着物を着ていたから体を捻りにくかった」

着物の着付け

着物(和服)の着付けが体を締め付けるため、体を捻りにくかった

帯刀に続き、もう一つよく紹介される説明が、着物(和服)が体を締め付けるため、体を捻りにくかったというものです。

しかし、農民や飛脚が、日常的に締め付けの強い正装用の着物を着ていたとは考えにくいため、着物(和服)による体の締め付けという説明には限界があると言えます。

根拠3:「明治維新後、西洋文化の影響で変化した」

ざんぎり頭の岩倉具視のイラスト

江戸時代までは難波歩きが一般的だったが、明治維新以降に西洋文化が入り、変化した

明治維新という文化の大きな変化をきっかけとした説明もよく見られます。

しかし、明治初期の写真や大正時代の記録映像を検証した研究でも、難波歩きが確認されないという指摘があります。仮に江戸時代まで一般的だった歩き方だとすれば、それが急速に消えてしまうのは不自然だという学術的な批判も存在します。

また、明治維新をきっかけに本格的に西洋の文化が入ってきたことは事実です。しかし、その約100年後にあたる1970年の大阪万博でも、外国人スタッフにサインをねだる子どもがいたという記録があります。これは、明治維新から長い時間が経った後でも、外国人と直接接する機会自体がまだ珍しかったことを示唆しており、明治維新という一つの出来事だけで歩行様式が短期間に大きく変化したと説明するには、慎重な検討が必要だと考えられます。

根拠4:「日本人は骨格が異なる」を検証する

骨格標本

日本人は欧米人などの他民族と骨格が異なるため、難波歩きが合っている

この骨格の違いという説明についても、整理が必要です。

たしかに民族間で骨格の傾向差はあり得ます。しかし、同じ日本人という集団の中でも、体格・骨格には大きな個人差があります。これは過去の記事(正常姿勢は本当に正しいのか?解剖学的肢位と”本来の姿勢”を整理する)でも触れました。

このことから、「日本人だから全員に難波歩きが合う」という主張は、この個人差を無視した一般化と言えます。

さらに、現在の人類学的な理解では、日本人は縄文時代・弥生時代・古墳時代にかけて複数の系統が混血して形成されたと考えられており、単一の均質な集団として扱うことには限界があります。加えて、現代では国際結婚も増えており、「日本人」という枠組み自体の定義がますます難しくなっています。

骨格の差があっても、神経系の違いにはならない

追加でもう一点、整理しておきたい論点があります。「日本人は骨格が異なるから、難波歩きが向いている」という主張の背景には、しばしば「日本人は神経系のレベルでもこの動きを習得しやすい」という暗黙の前提が隠れていることがあります。

しかし、運動学習に関わる神経系の基本的な仕組み(大脳にある運動皮質や基底核、小脳などを介した運動プログラムの学習や、練習による神経回路の強化)は、ヒトという種として共通していると考えられています。

生まれてからの運動発達の順序(首が座る→寝返り→お座り→四つ這い→歩行など)についても、文化によって多少のタイミングの違いはあるものの、これは主に育児習慣や練習機会、履物や地面の違いといった環境要因によるものであり、民族固有の神経系の違いによるものではないと理解されています(関連記事:“正常発達”をどう見るか?|乳幼児の運動発達・文化差・個人差から考える)。

つまり、「日本人は難波歩き的な動きを神経系のレベルで習得しやすい」という主張があるとすれば、それは遺伝的な差ではなく、幼少期からの環境や練習機会(着物や草履を着用する機会、農作業を見る機会など)による、後天的な運動学習の差として説明する方が科学的に妥当だと考えられます。

その他によく見られる根拠とその限界

ここまでの4つ以外にも、難波歩き推奨論ではいくつかの根拠が挙げられています。それぞれの限界を簡潔に整理します。

  • 浮世絵・絵画資料:浮世絵や役者絵を「証拠」とする説明がありますが、これらは様式化された演出表現(歌舞伎の所作など)を反映している可能性があり、日常動作の写実的な記録とは言えません。
  • 農作業・労働姿勢からの一般化:農作業時の特定動作と、日常の歩行動作は本来別のものであり、中立的な解説記事でも「確証は得られていない」と明記されています。
  • 飛脚の長距離移動実績からの逆算:飛脚が長距離を移動できたという結果から、「その走法が難波走りだったはず」と逆算する説明ですが、走法自体は記録が残っておらず、推測の域を出ません。この逆算方法には注意が必要で、例えば現代でも薄底の履物で長距離を移動する民族が存在しますが、それは難波走りとは別系統の身体運動であり、「長距離を移動できる=特定の走法が優れている証拠」とは必ずしも言えません(関連記事:ワラーチは本当に体に良いのか?|フットウェアと現代の路面環境を考える)。
  • 能・歌舞伎に残る所作:これらは儀礼的・芸能的な特定の文脈に限定された動きであり、日常生活での歩行の証拠としては扱えません。
  • 疲労時に自然と現れる動きという体験談:個人の体験談であり、査読された学術的検証ではありません。

学術研究が示す結果:東海大学の検証データ

起源論とは別に、難波歩き・難波走りの運動学的な効果そのものを検証した学術研究も存在します。東海大学の内山秀一氏らのグループが行った一連の研究です。

この研究では、走行時のピッチ(歩数の頻度)を上げていくと、難波様の動き(体幹の捻りが少ない動き)が自然に出現することが確認されました。しかし重要なのは、その動きが出現したからといって、運動時の負荷(エネルギーコストなど)が下がるわけではないことも同時に示された点です。

一方で、方向転換を伴う動作など、特定の限定的な場面では反応時間の短縮といった利点が見られる可能性も報告されています。また別の研究グループによる科研費研究では、「高速移動時に難波様の動作に利点がある可能性」が言及されていますが、これはあくまで特定の条件下での話であり、日常的な歩行全般に一般化されたものではありません。

つまり、現時点の学術研究を総合すると、「難波歩きは体に優しく、効率的な歩き方である」という一般的な主張を、明確に裏付ける結果は得られていないというのが実情に近いと考えられます。


ここまでお読みいただく中で

疑問を浮かべる女性

自分の歩き方、そもそも何を基準に選べばいいんだろう…

疑問を浮かべる男性のイラスト

歴史的な話より、今の自分の体に合った歩き方を知りたい…

と感じている方も多いと思います。

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よくあるご質問

ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

Q&Aの画像

現時点の史料や研究からは、「日本人全体が日常的に行っていた固有の動き」と断定できる根拠は十分ではないと考えられます。

特定の職業や場面で見られた動きの一つ、という位置づけが妥当だと考えます。

起源の妥当性と、動き自体の運動学的な効果は別の問題です。

前回の記事(難波歩き・江戸走りをどう評価するか?|利点と欠点を冷静に整理する)でお伝えしたとおり、膝の内側への負担を減らす可能性を示す研究データはあります。本記事でまとめた起源論の弱さは、あくまで「日本人だから合っている」という説明の妥当性に関するものです。

歴史的な起源にこだわるより、「自分の体の状態や目的に合っているかどうか」を基準に考えることをおすすめします。膝に不安がある方などは、自己判断ではなく医療機関や専門家に相談してから試すことをおすすめします。

  1. 着物を着用した難波歩き様の歩行は、通常の歩行と比較して膝内転モーメント(KAM)を有意に減少させる。
    Ota S, Ogawa Y, Ota H, Fujiwara T, Sugiyama T, Ochi A. Beneficial effects of a gait used while wearing a kimono to decrease the knee adduction moment in healthy adults. PLoS One. 2017;12(6):e0179260.
    https://doi.org/10.1371/journal.pone.0179260
  2. 日本人は単一の均質な集団ではなく、縄文・弥生・古墳期に由来する複数の遺伝的系統が混血して形成された集団である
    Cooke NP, Mattiangeli V, Cassidy LM, et al. Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Sci Adv. 2021;7(38):eabh2419.
    https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
  3. 運動発達のタイミングの文化差は、遺伝的な神経系の違いではなく、育児習慣や練習機会などの環境要因によって説明される
    Karasik LB, Robinson SR. Milestones or Millstones: How Standard Assessments Mask Cultural Variation and Misinform Policies Aimed at Early Childhood Development. Policy Insights Behav Brain Sci. 2022;9(1):3-10.
    https://doi.org/10.1177/23727322211068546
  4. ナンバ様走行時にピッチ(歩数頻度)を増加させても、酸素摂取量・心拍数・自覚的運動強度(RPE)といった運動負荷指標は低下しない
    内山秀一(東海大学体育学部). ナンバ様走行時の運動負荷強度:ピッチの増加が酸素摂取量・心拍数・自覚的運動強度に与える影響. 日本体育学会大会予稿集. 2011;62:227_2.
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspehss/62/0/62_227_2/_article/-char/ja/

関連記事

本記事では、難波歩き・江戸走りの「日常的使用説」について、その根拠と反証を整理してきました。本記事でご紹介した関連する過去記事も、ぜひあわせてご覧ください。

ウォーキングをしている高齢者集団
江戸時代の浮世絵
良い姿勢と悪い姿勢の比較
乳幼児の運動発達
自作のワラーチ

まとめ:起源説は「仮説」の域を出ていない

ここまでの内容を整理すると、難波歩きが「江戸時代の日本人の日常的な歩き方だった」とする説には、いくつもの弱点があることが分かります。

  • 刀・着物を根拠とする説明は、武士以外の大多数の人口には当てはまりにくい
  • 明治初期の写真や記録映像には難波歩きが確認されず、急速に消えたとする説明にも無理がある
  • 絵画資料・農作業姿勢・飛脚の実績・伝統芸能への残存・体験談は、いずれも日常的な使用を直接証明するものではない
  • 学術的な検証では、難波様の動きが効率的であることを明確に裏付ける結果は得られていない
  • 骨格の差があっても、動きを習得する神経系の仕組み自体に民族差があるという科学的根拠はない

こうして整理すると、「難波歩きは日本人が日常的に行っていた歩き方である」という説明は、現時点では実証された事実というより、一つの仮説として位置づける方が適切だと考えられます。前回の記事でお伝えした「難波歩きの利点と欠点」という運動学的な評価と、この起源論の検証は、別の軸として理解していただければと思います。

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