と聞くと、江戸走りってすごい走法だったのかな?と思ってしまいますね。
最近、「難波歩き」や「江戸走り」という言葉を、YouTubeやSNSで見かけたことがある方も多いのではないでしょうか。難波歩きは「同じ側の手足を一緒に出す、日本古来の歩き方」として紹介され、「腰痛が楽になる」「疲れにくくなる」といった効果を謳う情報も少なくありません。
前々回・前回の記事(歩行は”全身のポンプ運動”かも?|腕振り・体幹の使い方と循環を考える、中高年ウォーキングのよくある間違いと修正|腕振り・体幹の使い方を整える)では、通常の歩行における腕振りや体幹のねじれの役割についてお伝えしてきました。また、以前の連載記事(日本人だからこの姿勢?民族差・文化差と”日本人独自の歩き方”の妥当性)では、難波歩きが「日本人の骨格に合った歩き方」というより「着物と草履という環境への文化的適応」であるという整理を行いました。
今回はその内容を踏まえ、難波歩き・江戸走りという歩き方・走り方そのものの利点と欠点を、体幹の使い方という観点から整理していきます。
なお本記事は、現時点で確認できる知見をもとにした一般的な情報提供であり、特定の症状の診断や治療、特定の運動法の推奨を目的としたものではありません。気になる症状がある方は、医療機関や専門家にご相談ください。
難波歩き・江戸走りとは何か
まず、難波歩き・江戸走りがどのような動きなのかを改めて整理します。
難波歩きの特徴
難波歩きとは、右手と右足、左手と左足を同時に前に出すように動かす歩き方とされ、江戸時代の日本人が行っていたという説がある歩行様式です。通常の歩行では、右足が前に出るときは左手が前に出ますが、難波歩きではその逆の組み合わせになります。

前回までの連載でも触れたとおり、当時の映像資料は存在せず、文字史料や絵画から「どの程度一般的だったか」を実証するのは難しいとされています。現在の研究では、難波歩きは「特定の場面や職業・所作に見られた一つの歩き方」とみなすのが妥当とされており、江戸時代の日本人全員がこの歩き方をしていたと断定できるものではありません。
いずれにしても、難波歩きに共通する特徴としては、歩幅が短く、腕の振りが最小限で、体幹の回旋が抑えられているという点が挙げられます。
江戸走りの特徴
江戸走りは、難波歩きと同じ体幹の使い方を、走る動作に応用したものとして紹介されることが多い動きです。着物の裾がはだけないよう、腰を落として小刻みに足を運び、上半身の回旋を抑えて走るという特徴があるとされています。
飛脚や火消しが長距離を移動する際に用いていたという説もありますが、こちらも難波歩きと同様、史料的な裏付けは限定的であることを踏まえておく必要があります。
難波歩きの利点:膝への負担軽減という科学的知見
難波歩きについては、実際に生体力学的な検証を行った研究が存在します。ここでは、その研究が示す利点を整理していきます。なお、江戸走りについては研究資料がまだ少なく、本記事で取り上げられるだけのものは見つけられませんでした。
膝の内側にかかる負担が減る可能性
2017年に日本の研究グループが発表した研究では、29名の健常成人を対象に、通常の歩行と着物を着用した難波歩き様の歩行を三次元動作解析で比較しています。
この研究では、難波歩きのような歩き方をすることで、体幹の回旋が小さくなり、地面から足に加わる力の向きが支持脚(体重がかかっている側の脚)に近づくことで、膝の内側にかかる負担の指標である膝内転モーメント(KAM)が減少することが報告されています。
膝内転モーメントは、変形性膝関節症のリスクに関連する指標として知られているため、この結果は「難波歩き的な歩き方が、膝の内側への負担を減らす可能性がある」という点で、注目に値する知見です。

なぜ体幹の回旋を抑えると膝の負担が減るのか
通常の歩行では、体幹の回旋と腕振りが連動することで、脚の動きによる回転の力を打ち消し合っています。難波歩きでは、この回旋自体を小さくすることで、脚にかかる力の向きが変わり、結果的に膝関節にかかる横方向の力が減少すると考えられています。
つまり、難波歩きは「体幹を回さない」という選択によって、膝関節への負担を減らす代わりに、通常の歩行が持つ「体幹の回旋を使った効率化」という側面を手放しているという捉え方ができます。
難波歩きの欠点:手放している機能という視点
一方で、難波歩きには見過ごされやすい欠点もあります。前々回・前回の記事でお伝えした内容を踏まえて整理します。
ストレッチ・ショートニング・サイクル(SSC)を活かしにくい
以前の記事でお伝えしたとおり、通常の歩行における体幹のねじれは、筋肉や腱を効率よく使うストレッチ・ショートニング・サイクル(SSC、筋肉を伸ばして縮める反復運動)という仕組みを引き出すきっかけになっていると考えられています。
一方、難波歩きでは体幹の回旋そのものを抑えるため、このSSCの働きを十分に活かせない可能性があります。これは膝への負担が減る一方で、歩行全体の効率という面では、通常の歩行が持つ利点を一部手放している可能性があると考えられます。
筋ポンプ作用への影響
前々回の記事では、筋肉の収縮と弛緩が交互に繰り返されることで、血液やリンパ液の巡りを助ける「筋ポンプ作用」が働くと考えられていることをお伝えしました。

体幹の回旋を抑えた歩き方を続けると、体幹や股関節周りの筋肉が「固めたまま」働く時間が増える可能性があり、これは前回の記事で触れた「体幹を固めてストライドを大きくする」パターンとも近い状態になり得ます。
短時間・特定の場面であれば大きな問題にはなりにくいと考えられますが、日常のすべての歩行を難波歩きに置き換えるとなると、この点は考慮しておく必要があります。
速度や場面が限定的である可能性
難波歩き・江戸走りに関する研究は、着物を着用した状態での比較検証が中心であり、洋服・洋靴を着用した現代の生活シーンでの効果を直接検証したものではありません。また、通常の速度を大きく上回るような速い歩行・走行における難波歩きの効果を検証した研究も限られています。
このため、「日常のあらゆる場面で難波歩きが優れている」と一般化することには、慎重な姿勢が必要です。
利点と欠点を整理する
ここまでの内容を、表で整理します。
| 観点 | 難波歩き | 通常の歩行 |
|---|---|---|
| 膝内側への負担(KAM) | 減少する可能性が報告されている | 通常の負担がかかる |
| SSCの活用 | 体幹回旋が小さく、活かしにくい | 体幹のねじれを通じて活用しやすい |
| 筋ポンプ作用 | 体幹の伸び縮みが減りやすい | 腕振り・体幹のねじれを含めて促されやすい |
| エネルギー効率 | 検証が限定的 | 腕振りによる効率化が報告されている |
| 適した場面 | 着物や特定動作、膝への負担を減らしたい場面 | 日常的な移動全般 |
このように整理すると、難波歩きは「万能な歩き方」ではなく、特定の目的(膝の内側への負担を減らしたい場面など)において検討する価値がある選択肢の一つという位置づけが妥当だと考えられます。
どう捉え、どう向き合うか
ここまでの内容を踏まえた、難波歩き・江戸走りへの向き合い方を整理します。
「日本人だから合っている」という理由では選ばない
以前の連載記事でお伝えしたとおり、難波歩きは日本人の遺伝的な骨格構造から生まれたものではなく、着物と草履という環境条件への文化的適応と考えられています。
「日本人の体に合っているから」という理由で難波歩きを選ぶことは、科学的な妥当性としては弱いと言えます。
目的に応じて使い分けるという発想
難波歩きを「常に行うべき歩き方」として捉えるのではなく、「膝の内側に負担がかかりやすい方が、特定の場面で試してみる選択肢の一つ」として捉える方が、現時点の知見とは整合的です。
膝に痛みや不安がある方は、自己判断で歩き方を大きく変える前に、医療機関や専門家に相談することをおすすめします。
通常の歩行の利点も忘れない
前々回・前回の記事でお伝えしたとおり、通常の歩行における腕振りや体幹のねじれには、エネルギー効率を高め、筋ポンプ作用を通じて巡りを助けるという役割があると考えられています。
難波歩きに関心を持つことと、日常の歩行における腕振り・体幹の使い方を見直すことは、両立して考えていただければと思います。
ここまでお読みいただく中で

自分の歩き方って、どう見直せばいいんだろう…

膝に不安があるんだけど、難波歩きって試していいのかな…
と感じている方も多いと思います。
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よくあるご質問
ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

- 着物を着用した難波歩き様の歩行は、通常の歩行と比較して膝内転モーメント(KAM)を有意に減少させる。
Ota S, Ogawa Y, Ota H, Fujiwara T, Sugiyama T, Ochi A. Beneficial effects of a gait used while wearing a kimono to decrease the knee adduction moment in healthy adults. PLoS One. 2017;12(6):e0179260.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0179260 - 体幹の傾き・回旋パターンを変える歩行修正は、独立した機序として膝内転モーメントを減少させ得る
Simic M, Wrigley TV, Da vis AM, et al. Relationship between kinematic gait parameters during three gait modifications designed to reduce peak knee abduction moment. Knee. 2021;28:229-239.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33422938/ - KAMが大きいほど、内側型変形性膝関節症の進行リスクが高くなる
Chapman GJ, et al. Are biomechanics during gait associated with the structural disease onset and progression of lower limb osteoarthritis? A systematic review and meta-analysis. Osteoarthritis Cartilage. 2022;30(3):381-394.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34757028/ - SSCが働くと、筋肉や腱の力発揮・仕事量が向上する
Seiberl W, Hahn D, Power GA, Fletcher JR, Siebert T. Editorial: The Stretch-Shortening Cycle of Active Muscle and Muscle-Tendon Complex. Front Physiol. 2021;12:693141.
https://www.frontiersin.org/journals/physiology/articles/10.3389/fphys.2021.693141/full
関連記事
本記事では、難波歩き・江戸走りの利点と欠点について整理してきました。
関連する過去記事もぜひあわせてご覧ください。
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まとめ:難波歩きは「万能」ではなく「選択肢の一つ」
今回の記事を振り返りましょう。
難波歩き・江戸走りは、日本の身体文化の一つとして興味深い動きですが、「万能な健康法」として捉えるのではなく、その利点と欠点を理解した上で、目的に応じて向き合っていただければと思います。
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飛脚は1日平均約80~160kmも走るやつがいたんだってよ!