こういったご相談をいただくことがあります。この「健康のために何かしたい」という気持ちは、とても大切なことです。
しかし、私はこういったお話を伺った時によく感じることがあります。

「〇〇に効く」とか「楽にトレーニングできる」という言葉の裏に、科学的に検証されていない主張が隠れていることがあるよなぁ…
今回はこれまで連載企画として投稿してきた姿勢・動作シリーズの番外編として、今から十数年前に日本を含む世界中でブームとなった「トーニングシューズ(Reebok社のEasyTone)」を例に、「便利そうに見える健康グッズの落とし穴」 を、バイオメカニクス(生体力学)と神経制御の視点から一緒に考えてみたいと思います。
もくじ
EasyTone®︎ とは何だったのか?
Reebok社のEasyTone(イージートーン)は、2009年ごろに米国を中心に発売された、いわゆる「トーニングシューズ」の代表的な製品です。
トーニングシューズとは、靴底を不安定な構造にすることで、歩くだけで下半身の筋肉活動量を増やし、シェイプアップや姿勢改善を目指す機能性スニーカーのことです。
日本でも整形外科やスポーツクラブの周辺で話題となり、「歩くだけで下半身が引き締まる」「普通の靴より筋肉を多く使う」というコンセプトで多くの消費者の関心を集めました。
探してみたらYouTubeで当時のCMがありました。ご覧になると「あー!そういえばこんな靴あったかも!」と思われるかもしれません。
CMの通り、「ヒップに28%、太ももの後ろ・ふくらはぎに11%、履くだけで筋肉を使う量がアップ」と宣伝されていました。
しかし、その後、米国連邦取引委員会(FTC)はこれらの宣伝文句が科学的根拠に乏しいと判断し、Reebokはおよそ2500万ドル(約25億円)の返金合意に至りました。ちなみに同時期に同様のコンセプトで展開していたSkechers(スケッチャーズ)のShape-Upsも、FTCや消費者訴訟により約4000万ドルの返金に合意するに至っています。
大手のネットショッピングサイトでEasyToneやShape-Upsを検索してみましたが、(当然ながら)販売されておりませんでした。
「不安定にすれば鍛えられる」は本当か?
トーニングシューズに限らず、不安定な環境下でのトレーニングなどは現代では頻繁に行われています。
例えば、バランスボールは不安定な環境下でのトレーニングやリハビリテーションの代表例でしょう。

では、その効果は実際どうなのでしょうか?
筋活動の増加は「部分的に本当」
研究の結果を正確に見ると、EasyToneを含むいわゆる不安定底靴を履いた場合、一部の筋肉(特にふくらはぎや足首周囲の筋肉)の活動量が増える傾向があることは、複数の研究で確認されています。
2012年に発表された研究では、片脚立位(静止状態)での計測において、腓腹筋の平均筋活動量が44%、腓骨筋が18%増加する傾向が示されました。
ただし「本当に意味のある変化か」は別の話
しかし、重要なのは「統計的な変化」と「実際に体が鍛えられるかどうか」は別問題だということです。
- 実験の多くは「立ち止まっている(片脚立ち)」場面での計測であり、実際の歩行中の持続的な筋活動増加を示したものではなかった
- 筋力トレーニングの原則(漸進性過負荷)から見ると、日常歩行程度の微細な負荷増加が筋肥大・筋力向上に十分かどうかは疑問が残る
- バイオメカニクス研究の観点では、不安定靴は踝(足首)の内外反方向の不安定性を高めることが一貫して示されており、これはトレーニング効果よりもリスクとして作用しうる(これについては私の経験談を踏まえて後述します)
「万人共通の最適」は存在しない
本記事は『姿勢と動作』シリーズの番外編ですが、シリーズ第7部『姿勢・骨格の「正常値」では見えないもの|”あなたにとっての機能的最適”とは』で解説したように、ある靴が一人の体に合っていても、別の人には逆効果になることがあります。
人間の体には「慣れ親しんだ動作パターン(抵抗最小パス)」があり、それが急に変わると脳の予測誤差が大きくなり、代償動作(かばいの動き)が出現します(こちらは第5部『「くせ」の科学|関節の抵抗最小パスと、タスクに最適化されない動きのしくみ』で解説)。
なぜ”痛みがある人”には逆効果になりやすいのか?
ここからが今回の記事でもっとも大切な核心部分です。
私が整形外科に勤めていた時代、膝や腰に痛みを抱えた患者さんが「足腰にいいと聞いて」とEasyToneを購入して通院されるケースがありました。
そのとき感じたのは「すでに関節が脆弱な状態にある人が、さらに不安定な環境に置かれることの危険性」でした。
痛みのある人の体は「すでに適応限界に近い」
痛みを抱えている方の体では、多くの場合すでに次のような変化が起きています。
- 関節周囲の筋力低下や筋萎縮(使わなくなることで起きる廃用性変化)
- 感覚・固有受容器の機能低下(慢性痛では感覚の精度が落ちることが知られている)
- 動作パターンの代償化(痛みを避けようとして、本来使うべき筋肉ではなく別の部位に過剰な負荷をかける動き)
このような状態の体に、さらに「不安定な環境」という新たな課題を加えると、神経系の予測誤差(脳が「こんな動きのはずだった」と期待するパターンとのズレ)が過剰になり、代償動作がさらに強化されるリスクがあります。
恐怖回避モデルとの関係
第5部『「くせの科学」』・第7部『機能的最適』で解説した「恐怖回避モデル」の観点からも重要な点があります。
痛みがある状態で不安定な靴を履いて歩くと、「この動きをすると痛みが増える」という学習が強まりやすく、結果として運動への恐怖感や回避行動が助長されることがあります。
慢性腰痛や慢性膝痛では、痛みへの恐怖と回避行動の悪循環が症状の慢性化に関与することが多くの研究で示されており、健康のためのつもりで始めた不安定底靴が、この悪循環をさらに深める要因になりうるのです。
足首捻挫・転倒リスクの問題
また、不安定底靴は足首の内外反方向の安定性が低下することが研究で繰り返し示されています。
健康な若年者であれば適応できる不安定性であっても、高齢者・下肢筋力が低下している方・関節疾患がある方には転倒・捻挫のリスクを高める可能性があります。

「効率化できるはず」という発想の落とし穴
EasyToneに限らず、「何か普通のことをするだけで、余計な努力なしに健康になれる」という訴求は、常に消費者の心に響きます。

大体の人は、楽して自分の期待した効果やメリットが得られるなら、それを選ぶと思います…
これは非常に人間的な感情で、決して批判されるべきものではありません。
ただし、現実はそう甘くない
運動科学・バイオメカニクスの観点から見ると、この発想には根本的な問題があります。
| 「効率化」の主張 | 科学的現実 |
|---|---|
| 不安定底で筋肉が多く活動する | 一部の筋で統計的変化はあるが、効果量・持続性は限定的 |
| カロリー消費が増える | 代謝コストへの有意な影響は示されていない |
| 歩くだけで下半身が引き締まる | 筋力増強・筋肥大には漸進的過負荷が必要 |
| 背中・お尻の痛みに効く | 慢性痛患者への有効性エビデンスは不十分 |
「不安定刺激」は目的・状態によってまったく意味が違う
不安定な環境での訓練(バランストレーニング)自体は、適切な目的・対象者・負荷設定のもとで行えば、リハビリテーションや転倒予防に有効なアプローチのひとつです。

問題は「不安定刺激を靴に仕込んで、日常生活の中で意図せず、すべての人に一律に与えること」が合理的かどうかです。
運動学習の観点から、身体は慣れない動作パターンに直面すると、最初は大きな神経システムの負荷(予測誤差)がかかります。
健康な若者がスポーツ目的で使うのと、膝や腰に痛みを抱えた方が日常使用するのとでは、まったく異なる体験・結果をもたらします。
靴と身体の関係で大切なこと
現代日本の道路事情を踏まえると、靴(フットウェア)の着用はほぼ必須です。
ここからは靴と身体の関係について考えていきます。
靴選びに「万人共通の正解」はない
第7部『機能的最適』の考え方と同様に、靴においても「その人の体の状態・目的・生活環境に合っているかどうか」が最も重要な基準です。
- ロッカーソール(前後に丸みがある靴底)は、足底腱膜炎や足指関節の変形がある人には痛みを和らげる可能性がある
- 同じ形状の靴でも、骨盤入射角(PI)・脚の長さ・足のアーチ高さ・膝の変形など個人差によって、関節負荷への影響はまったく異なる
- 膝の変形性関節症では、靴の種類よりも運動療法・体重管理などの総合的なアプローチのほうが長期的なエビデンスは強い
「より良い靴」を探す前に確認すること
靴を変える前に、まず次のことを確認することをお勧めします。
- 今の靴で何が不満か?(具体的にどこが痛む・疲れる・動きにくいなどがあるかどうか)
- その不満は靴の問題か、それとも体の問題か?(靴を変えても根本が変わらないこともあります)
- 買ってから試せるか?(実際に歩いてみて違和感があれば早めに中止できるかどうか)
- 痛みや不調がある場合は専門家に相談したか?(特に膝・腰・足首に問題がある方は、靴の変更前に医師や理学療法士へのご相談をお勧めします)

整体の立場から伝えたいこと
整体院すいっちでは、フットウェアや健康グッズなどに関するご相談もお受けすることがあります。その際、院長としてお伝えしていることがあります。
「流行っている・体に良さそう」だけで選ばない
EasyToneの事例が教えてくれることは、「科学的根拠なしに広まったトレンドが、特定の人には害を及ぼしうる」ということです。
これはフットウェアに限らず、健康グッズ全般に共通する視点です。
「今の自分の状態」を出発点にする
第7部で述べた『機能的最適』の考え方は、靴選びにも当てはまります。
現在、痛みがあるのか・ないのか、何をしたいのか、どんな生活環境か、これらを踏まえた上で選ぶことが大切です。
整体でできること・できないこと
整体院では靴の処方や診断を行うことはできません。
しかし、施術を通じて体の緊張をほぐし、可動域の状態を確認しながら、「今の体の状態で無理のない動き方」をサポートすることはできます。
日常の動き方や姿勢についてのご相談は、施術の中でお受けすることが可能です。
しかし、関節の変形が著しい場合などで、靴のことでお悩みがある場合は、医師・理学療法士・義肢装具士など専門家への相談を第一にお勧めします。

よくあるご質問
ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

- 不安定底靴(EasyTone等)は一部の筋肉(腓腹筋・腓骨筋)の活動量を増加させるが、その計測は主に「静止状態(片脚立位)」であり、歩行中の持続的な効果ではない
Snijders TE, et al. Single-leg balance in “instability” footwear. J Foot Ankle Res. 2012;5(Suppl 1):O7.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3323607/ - 日常歩行程度の微細な負荷増加では筋肥大・筋力向上には不十分であり、筋力増強には漸進性過負荷の原則が必要
Plotkin DL, et al. Progressive overload without progressing load? The effects of load or repetition progression on muscular adaptations. PeerJ. 2022;10:e14142.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9528903/ - 不安定底靴は足首の内外反方向の不安定性を高め、転倒・捻挫リスクの観点からはリスクとして作用しうる
Böhm H, et al. Effects of unstable footwear on joint reactions and muscle forces: an inverse dynamics study. J Foot Ankle Res. 2012;5(Suppl 1):O10.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3323476/ - 慢性腰痛・慢性膝痛では、痛みへの恐怖と回避行動の悪循環(恐怖回避モデル)が症状の慢性化に関与する
Kroska EB, et al. A meta-analysis of the associations of elements of the fear-avoidance model of chronic pain with negative affect, depression, anxiety, pain-related disability and pain intensity. Eur J Pain. 2022;26(9):1836-1855.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9541898/ - ロッカーソール(前後方向に丸みのある靴底)は、足底腱膜炎など一部の足部疾患への効果が研究で示されている
Sobhani S, et al. Biomechanical effects of rocker shoes on plantar aponeurosis strain in patients with plantar fasciitis and healthy controls. Gait Posture. 2020;75:126-131.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6786540/ - 膝の変形性関節症に対しては、靴の種類よりも運動療法・体重管理などの総合的アプローチのほうが長期的エビデンスが強い
Dziedzic KS, et al; EULAR Expert Committee. EULAR recommendations for the non-pharmacological core management of hip and knee osteoarthritis: 2023 update. Ann Rheum Dis. 2024;83(6):730-740.
https://doi.org/10.1136/ard-2023-225041
関連記事
本記事は『姿勢と動作』シリーズの番外編第1部です。特に本記事で繰り返しご紹介した第5部と第7部もあわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
- 第1部:正常姿勢は本当に正しいのか?解剖学的肢位と”本来の姿勢”を整理する
- 第2部:日本人だからこの姿勢? ― 民族差・文化差と”日本人独自の歩き方”の妥当性
- 第3部:ヒト本来の歩き方はあるのか?狩猟採集民の研究から自然な歩行・走行を考える
- 第4部:機能的に最適な姿勢と歩行とは?|エネルギー最小化原理と個人差の視点から
- 第5部:「くせ」の科学|関節の抵抗最小パスと、タスクに最適化されない動きのしくみ
- 第6部:“正常発達”をどう見るか?|乳幼児の運動発達・文化差・個人差から考える
- 第7部:姿勢・骨格の「正常値」では見えないもの|”その人にとっての機能的最適”とは
まとめ
本記事のポイントをまとめます。
私が『姿勢・動作シリーズ』を通じてお伝えしたかったことは一貫しています。
それは「あなたの体には、最適な文脈がある」ということです。
教科書の数値、他人の体験談、流行の健康グッズのレビューなど、それらはすべて「ある人に・ある条件で・ある程度効いた」という情報です。
あなた自身の状態・目標・生活を出発点にして、体と向き合っていただけたらと思います。
本記事では『姿勢・動作シリーズ』の番外編をお送りしました。実はもう1つ、別の視点で番外編が書けそうなので、番外編第2弾をお届けする予定です。
神奈川県伊勢原市の整体院すいっちでは、施術だけでなく、日常の姿勢や動作(体の動かし方)を含めた指導も行っております。何か姿勢や動作についてのお悩みや疑問があればお気軽にご相談ください。
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重要な免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的診断や治療の代替となるものではありません。健康に関する具体的な判断や治療については、必ず医師などの医療専門家にご相談ください。本記事の内容により、ご自身の判断で医師の指示に従わないことは、健康上の重大な問題を引き起こす可能性があります。整体施術は医学的な治療ではなく、身体のメンテナンスを目的としたものです。
























整形外科の先生に「もっと運動しなさい。ウォーキングで良いから」と言われて…せっかくだから、「足腰に効く」って宣伝されてた靴を買おうと思うんですけど、どうですか?