ヨガクラスを受けていると、このような呼吸の指導を受けることがあります。他にもマインドフルネス、リラクゼーション法で頻繁に聞かれる指導法だと思いますし、おそらくイメージしやすい。しかし、理学療法士として解剖学や生理学を学んできた立場から言うと、この表現には「正解な部分」と「不正解な部分」があると感じています。
少し結論を言うと、この問題は単純な○×では答えられない、非常に興味深い呼吸生理学の話が隠れています。今回は、最新の研究データと呼吸生理学の知見に基づいて、「深呼吸と酸素の関係」の真実を詳しく解説していきます。なお、今回の記事は医学的・科学的な知見を一般読者にわかりやすくお伝えする内容になっておりますので、参考程度にお読みいただければと思います。
もくじ
「深呼吸で酸素を身体中に」という俗説の背景
この俗説が広まった背景には、直感的に理解しやすい論理があります。それは深呼吸 → 酸素をたくさん吸う → 血液中の酸素が増える → 身体中に酸素が行き渡るという単純明快な流れです。
実際に、深呼吸をすると気持ちが良くなったり、リラックス効果を感じたりすることは多くの人が経験しています。このような実感があるため、「酸素がたくさん取り込まれているから」と説明されることが多いのです。
しかし、この説明は呼吸生理学の観点から見ると、重要な部分が欠けているのです。

血中酸素飽和度の厳密な調節システム
いきなり少々専門的な内容になりますが、黄色いマーカーや太字や赤字の部分だけでも読んでいただくと大まかにお分かりになると思います。
血中酸素飽和度の厳密な調節システム
まず、呼吸生理学の基本として、健康な成人の血中ヘモグロビン酸素飽和度(SpO2)は96-99%という非常に狭い範囲に厳密に調節されています。血中ヘモグロビン酸素飽和度とは、血液中のヘモグロビン(酸素を運ぶタンパク質)のうち、酸素と結合しているヘモグロビンの割合を示す数値です。そしてこれは、少し深呼吸をしたところで大きく変化するものではありません。
研究データによると、高地(4559m)での実験において、深呼吸により酸素飽和度が80.2±7.7%から89.5±8.2%に改善したという報告がありますが、これは極端な低酸素環境での話です。普段私たちが生活している平地の環境では、血中酸素飽和度は何か疾患を抱えている場合などを除き、既に最適レベルに維持されているのです。

呼吸調節は酸素ではなくCO2が主役
人体の呼吸調節システムには、さらに重要な事実があります。呼吸の調節は血中二酸化炭素分圧(PaCO2)とpH(水素イオン濃度:H+)に強く反応し、酸素分圧への反応は相対的に弱いのです(この場合の分圧とは酸素や二酸化炭素が血液中に溶け込んでいる量という認識で良いです)。
動脈血中のCO2分圧は平均5.1 kPa(約38 mmHg)で、4.1-6.1 kPaという極めて狭い範囲に維持されています。CO2/H+は呼吸の主要な調節因子として機能し、これらの変化に対する呼吸中枢の反応は、酸素分圧の変化に対する反応よりもはるかに敏感です。
つまり、「深呼吸で酸素を」という発想自体が、人体の呼吸調節システムの実際のメカニズムとは異なっているのです。

深呼吸の方法によって効果は大きく変わる
しかし、ここで重要なのは深呼吸の方法によって、確実に「身体中に酸素を行き渡らせる」効果を得ることができるということです。ここからも少々専門的な内容ですが、大事な部分は黄色いマーカーを引いてあります。
呼気延長による血管拡張効果
二酸化炭素(CO2)は強力な血管拡張物質として作用し、以下のメカニズムで血管拡張を促進します。
- CO2が血管平滑筋細胞に直接作用して血管拡張を引き起こす
- CO2/H+の変化が血管内皮由来血管拡張因子(EDHF)の放出を促進する
- 血管内皮細胞のgap junctionを介した血管平滑筋細胞の過分極が生じる
これらを踏まえて簡単にまとめると、呼息(息を吐く時間)や止息を吸息に比べて長くすることで、血中二酸化炭素濃度がわずかに増加し、末梢血管の拡張が促進されます。

ハミング呼吸による一酸化窒素産生
特に興味深いのが、ブラーマリー呼吸(鼻腔振動を伴うハミング呼吸)による一酸化窒素(NO)産生の増加です。
鼻腔・副鼻腔は人体における一酸化窒素の主要産生部位で、鼻腔内のNO濃度は肺よりも100倍高く、副鼻腔がNOの主要な貯蔵庫として機能しています。重要な研究結果として、健康な人ではハミング時に鼻腔からの一酸化窒素放出が約7倍に増加する(189→1285 nL/min)ことが示されています。これは、ハミング時の音波振動が副鼻腔からのNO放出を促進するためです。
NOは血管拡張、気管支拡張、抗菌作用を示し、ブラーマリー呼吸は肺機能の改善と心拍数の低下をもたらします。ブラーマリー呼吸を行った結果として、血流が改善して酸素が行き渡るということです(ブラーマリー呼吸の具体的な方法は本記事の後半に掲載しています)。

体の動きによる物理的刺激効果
体の動きが血管に物理刺激を与えることで一酸化窒素産生を促進する効果も見逃せません。血管内皮細胞は機械的刺激(shear stress)に対して以下のように反応します。
- 血流による剪断応力が内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)を活性化する
- 機械的刺激がendothelium-derived hyperpolarizing factor(EDHF)の放出を促進する
- 一酸化窒素と過酸化水素(H2O2)が協調して血管拡張を引き起こす
簡単に言えば、体を動かすことで血管もストレッチされ、その機械的刺激が血管から産生された一酸化炭素と過酸化水素の作用によって血管が拡張し、血流が改善するということです。

深呼吸による3つの重要な生理学的メカニズム
ここからもやや専門的な内容ですが、黄色いマーカーや太字の部分だけもお読みください。
残気量と肺胞ガス交換の改善
機能的残気量(FRC: Functional Residual Capacity)とは、普通に息を吐いた後に肺の中に残っている空気の量のことで、健康な成人では約2.3-2.5リットルです。深呼吸を行うと、いつもより多くの空気を吸い込むため、肺全体がより大きく膨らみ、肺胞がより広がって、使われていなかった肺胞も働き始めます。
これにより、同じ酸素飽和度でも組織への酸素供給効率が向上する可能性があります。

自律神経系への影響
深呼吸、特に息を吐く時間を長くする呼吸法は、副交感神経を優位にします。これは以下のメカニズムによるものです。
- 呼吸中枢と自律神経中枢が脳幹で密接に連携している
- ゆっくりとした呼吸が迷走神経(副交感神経の主要な神経)を刺激する
- 心拍変動が改善され、ストレス反応が緩和される
副交感神経が活性化されると、心拍数が低下し、血圧も下がり、血管が拡張し、血流が改善され、結果として組織への酸素供給が効率化されるのです。

血液pH緩衝系の微調整
血液はpH 7.35-7.45という非常に狭い範囲に厳密に保たれています。この調節には主に重炭酸緩衝系(HCO3-/CO2系)が重要な役割を果たしています。
深呼吸によってCO2の呼出が変化すると、血中CO2濃度がわずかに増加し、pHがわずかに低下(酸性側にシフト)することで、酸素解離曲線が右にシフトし、組織での酸素放出が促進されます。これはボーア効果と呼ばれ、pHが低い(より酸性)ほど、ヘモグロビンから酸素が離れやすくなる現象です。
つまり、深呼吸によって血液がやや酸性に傾くことでヘモグロビンから酸素が離れやすくなり、体の隅々の細胞や組織に酸素が行き届きやすくなるということです。

整体師としての現場体験:深呼吸指導の実際
整体師・ヨガインストラクターとしてお客様に呼吸法をお伝えしてきた経験から、以下のような反応をいただくことが多いです。
- 「身体が軽くなった感じがする」
- 「手足の先まで温かくなってきた」
- 「頭がすっきりした」
- 「緊張が和らいだ」
これらの効果は、これまでにお伝えしてきたように単に酸素を多く取り込んだからではなく、血管拡張による血流改善、自律神経バランスの調整、pH緩衝系の最適化によるものだと考えています。
科学的根拠に基づく実践的呼吸法
身体中に酸素を行き渡らせる方法として、いくつかの呼吸法をお伝えします。ご自分に合いそうなもの・覚えやすそうなものを選んで実践してみてください。
基本的な呼吸法①:4-7-8呼吸法
- 4秒かけて鼻から息を吸う
- 7秒間息を止める
- 8秒かけて口から息を吐く
基本的な呼吸法②:ボックス呼吸法
- 4秒かけて息を吸う
- 4秒間息を止める
- 4秒かけて息を吐く
- 4秒間息を止める
ハミング呼吸(ブラーマリー・プラナヤーマ)
- 楽な姿勢で座る
- 鼻から息を吸う
- 口を閉じて「ハミング」音を出しながら息を吐く
- 振動を頭部全体で感じるように意識する
本記事の前半でもご紹介しましたが、ブラーマリー呼吸は副鼻腔からの一酸化窒素放出が大幅に増加する呼吸法です。
体を動かしながらの呼吸法
- ゆっくりとした腕の上下運動と呼吸を連動させる
- 歩きながらリズミカルに呼吸を行う
- ストレッチと深呼吸を組み合わせる
このような機械的刺激により血管への物理的刺激が加わり、血管拡張効果が促進されます。これを踏まえると、ヨガのようなボディワーク+呼吸法は「酸素を身体中に行き渡らせる」効果を高める方法だとも言えます。

よくある呼吸に関する質問
ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。

- Pippalapalli J, Lumb AB. The respiratory system and acid–base disorders. BJA Educ. 2023;23(6):221-228. https://doi.org/10.1016/j.bjae.2023.03.002
- Langer T, Brusatori S. Understanding base excess (BE): merits and pitfalls. Intensive Care Med. 2022;48(8):1080–1083. https://doi.org/10.1007/s00134-022-06748-4
- Fontan S, Kido K. Favorable Effect of Tonsillectomy for Fontan Candidates. Jpn Soc Pediatr Cardiol Cardiac Surg. 28(6):311–. https://doi.org/10.11441/jspccs.28.311
- Shimizu S. Air Leak Syndrome in Children with Bronchial Asthma. J Nihon Med Sch. 2001;68(1):78–84. https://doi.org/10.1272/jnms.68.78
- Xu Z, Liu D. Association between the oxidative balance score and all-cause and cardiovascular mortality in patients with diabetes and prediabetes. Redox Biol. 2024;76:103327. https://doi.org/10.1016/j.redox.2024.103327
- Lumb AB, Pippalapalli J. Fundamentals of Arterial Blood Gas Interpretation. Cureus. 2022;14(6):e25515. https://doi.org/10.7759/cureus.25515
- Wang YR, et al. 以乳酸酸中毒为突出表现的儿童急性淋巴细胞白血病一例. Zhonghua Xue Ye Xue Za Zhi. 2018;39(11):892–894. https://doi.org/10.3760/cma.j.issn.0253-2727.2018.11.003
- Worth H, Gottlieb J. Nutzen und Risiken der Behandlung mit Sauerstoff. Pneumologe (Berl). 2022;19(1):1–2. https://doi.org/10.1007/s10405-021-00424-y
- Langer T, Brusatori S. Combining the Physical–Chemical Approach with Standard Base Excess to Understand the Compensation of Respiratory Acid–Base Derangements. Anesthesiology. 2023. https://doi.org/10.1097/ALN.0000000000004751
- Worth H, Gottlieb J. Benefits and risks of treatment with oxygen. Pneumologe (Berl). 2022;19(1):1–2. https://doi.org/10.1007/s10405-021-00424-y
その他の関連記事
呼吸に関する記事ではありませんが、他にもいわゆる俗説について医学的・科学的な知見から検証する記事を書いています。ボディビルダーの筋肉は実用的か?などの記事を書いておりますので、ご興味があればぜひお読みください。
まとめ:科学的視点で見る深呼吸と酸素の真実
「深呼吸をして酸素を身体中に行き渡らせる」という表現について、科学的根拠に基づいて検証すると、以下のことが明らかになります。
俗説の誤解
- 血中酸素飽和度は健康な人では既に最適レベル(96-99%)にあり、単純な深呼吸で劇的に改善されるわけではない
- 人体の呼吸調節は酸素よりもCO2とpHに強く反応する
正しい理解
- 深呼吸の方法(特に呼気延長、止息、鼻腔振動、体の動きとの組み合わせ)によって、血管拡張を促進し、結果として組織への酸素供給効率を改善することは可能
- 効果は3つのメカニズムによる:①残気量増加による肺胞ガス交換効率向上、②副交感神経活性化による血管拡張、③pH緩衝系の微調整による酸素解離促進
科学的結論
最も重要な点は、深呼吸や呼吸法の効果は「酸素濃度の増加」ではなく「血管拡張による組織灌流の改善」によってもたらされるということです。
つまり、ヨガインストラクターの「深呼吸をして酸素を身体中に行き渡らせましょう」という指導は、表現としては不正確だが、結果としては正しい効果を得ることができるのです。
今回の記事では、私の整体師としての経験と最新の科学的知見を組み合わせて、この興味深い(?)呼吸生理学の話を検証しました。正直なところ、今回のようなややこしい話はほとんどの方にとってどうでも良いかもしれませんが、「体って上手くできてるんだなぁ」程度には思っていただけたら幸いです。また、ヨガの呼吸にはさまざまあり、片岡鶴太郎さんがやっていて話題になったナウリという呼吸もあり、私も実践しています(ただ見ていただきたいだけ)。
神奈川県伊勢原市の整体院すいっちでは、このような医学的根拠に基づいたアドバイスとともに、お客様一人ひとりに合った施術やセルフケアを提供しています。お体の不調でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。ぜひ、以下の画像をタップして当院のホームページもご覧になってみてください。




















深呼吸して〜、酸素をいっぱい吸って〜、新鮮な酸素を身体中に行き渡らせましょ〜