正しい姿勢(正常姿勢)という言葉を一度は見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
整体院やヨガクラスのお客様からも「姿勢が悪くて…」「ストレートネックで…」という姿勢に関するお悩みをお聞きしたり、ご相談をお受けすることがあります。
私自身、理学療法士の学生だった頃から解剖学や運動学を学び、それらの教科書に載っている基準の姿勢(解剖学的肢位:anatomical position)が正常姿勢だと捉えていることがありました。
しかし、実際に現場に出て患者様やお客様を担当させていただいているうちに、ある疑問が湧いてきました。

果たして、教科書に載っている解剖学的肢位は、本当にすべての人にとって正しいのだろうか?
今回は、解剖学で習う解剖学的肢位や「正常姿勢」の意味と限界について、最新の研究をもとに整理してみます。
もくじ
解剖学的肢位とは何か?
冒頭でも触れた通り、姿勢について語る際には医療従事者が解剖学の授業や教科書で学ぶ解剖学的肢位は外せません。まずはこの解剖学的肢位について触れておきます。
解剖学的肢位の定義
「解剖学的肢位」は、以下のような姿勢を指します。
- 直立した状態
- 両足は平行で揃える
- 上肢は体側に下ろし、手のひらは前方を向ける
- 膝関節は完全に伸展(伸びた状態)
- 視線は正面

この姿勢は、医学・解剖学の世界で体の部位や動きを説明するときの「共通の基準点」として使われています。
解剖学的肢位の歴史的背景
実は、この解剖学的肢位が生まれたのは16〜17世紀の西洋解剖学です。アンドレアス・ヴェサリウスをはじめとする解剖学者たちが、死体を解剖して記述するときの標準化された姿勢として定めたものでした。

つまり、解剖学的肢位は「生物力学的に最も効率的な姿勢」として設計されたわけではなく、「記述を統一するための便宜的な基準」だったのです。
「正常な脊椎」とS字弯曲
ここからは少し視点を変えてお伝えします。
姿勢について語る際、「ストレートネック」「猫背」「反り腰」といったように背骨の形に注目することが多いです。ここからは背骨の形について触れていきましょう。
背骨のS字カーブは本当に必要か?
解剖学では、背骨の「正常な弯曲」として以下が挙げられます。
- 頚椎(首の部分):前弯(前に凸)
- 胸椎(背中の部分):後弯(後ろに凸)
- 腰椎(腰の部分):前弯(前に凸)
- 仙骨(骨盤の部分):後弯(後ろに凸)

このS字カーブ(特に腰椎前弯)は、二足歩行をするヒト特有の構造であり、重力下で体重を支え、衝撃を吸収する役割があると考えられています。
進化的視点から見た意義
私は静的な立位姿勢(ただ単に立っている状態)において「膝関節の伸展(膝が伸び切っている)」と「腰椎の前弯(腰の適度な反り)」は、エネルギー効率の観点から重要だと考えています。

実際、約600万年前に二足歩行が始まって以来、ヒトの骨格は「股関節伸展(股関節から脚を後ろに伸ばす)」と「膝関節伸展」を可能にする方向へ進化してきました。

これにより、逆振子のように効率的に歩くことが可能になったのです。
類人猿のように膝を曲げた姿勢(crouched gait)で歩くと、筋肉を常に働かせ続ける必要があり、非常に疲れます。一方、膝をある程度伸ばした状態で立つと、骨格が体重を支えるため、筋肉の負担は最小限で済みます。
腰椎の前弯も同様に、脊椎全体のバランスを取り、衝撃を分散させる重要な構造です。
背骨のS字カーブは全ての人に共通か?
ここまでで背骨のS字カーブが重要なことはお分かりいただけたと思います。
では、そのS字カーブの程度は全人類に共通なのかを研究結果をもとに見ていきます。
個人差は想像以上に大きい
健康な成人の腰椎前弯角度は、30〜60度と非常に幅広い範囲に分布しており、標準偏差は10〜15度に達します。
つまり、「正常範囲」の中だけでも、人によって30度も違い、個人差が大きいということです。
民族差より個人差の方が大きい
姿勢や体の動かし方について「日本人は欧米人と骨格が違うから」「日本人は〇〇のような姿勢が合っている」という話や意見を聞いたことがあるかもしれません。
確かに、大規模な国際研究では、アジア人と欧米人の間で脊椎パラメータに統計的な差があることが示されています。
しかし、民族間の平均値の差は3〜8度程度なのに対し、同じ民族内での個人差(標準偏差)は10〜15度です。
つまり、「日本人だから○○度」と一般化するより、「あなた個人の体に合った角度」を考える方がはるかに重要です。
「正常」と「最適」は同じではない
ここまででS字カーブの重要性、その上での個人差があることをお伝えしてきました。
それを踏まえ、「正常」と「最適」の違いについてお伝えしてきます。
静的姿勢と動的姿勢の違い
ここで私が日々感じている重要なポイントがあります。
静的な立位姿勢では、膝の伸展と腰椎前弯はエネルギー効率の観点から理にかなっています。骨格で体を支えられるからです。

しかし、動的な場面(歩行、走行、しゃがむ、物を持ち上げるなど)では、話が変わります。例えば
- 歩行の立脚期(体重が乗っている方の脚)では、膝は5〜10度程度の軽度屈曲が通常です
- 走行時にはさらに大きな膝屈曲が必要です(衝撃吸収のため)
- 不整地では、膝や足首が柔軟に角度を変えながら地形に適応します

つまり、「膝が常に完全伸展している状態が最適」というわけではないのです。
腰椎前弯と腰痛の関係
「腰椎前弯が少ない(flat back)と腰痛になる」という話もよく聞きます。
研究では、腰椎前弯の減少と腰痛の間に関連性があることは示唆されていますが、因果関係ははっきりしていません。
これはつまり
- 腰椎前弯が少ない → 腰痛になる
- 腰痛がある → 痛みを避けるために前弯を減らす
どちらの可能性もあり、さらに個人差が非常に大きいのです。
「正常値」ではなく「その人にとっての機能的最適」
少し専門的な話が続きましたが、現在の私の個人的な見解を含めた最終的な結論をまとめます。
日常での考え方
現在、私は「教科書通りの姿勢に近づける」ことをゴールにはしていません。
代わりに、以下のような視点でチェックするようにしています。
例えば、腰椎前弯が標準より少し浅い方でも、痛みがなく、仕事もスポーツも問題なくできているなら、無理に「標準値(解剖学的肢位)」に近づける必要はありません。
むしろ、その方の体に合ったバランスを見つけることが重要だと考えます。
環境との相互作用
さらに、姿勢は環境によっても変わります。
- デスクワークが多い人
- 立ち仕事が多い人
- スポーツをしている人
それぞれで、「最適な姿勢」は異なります。

重要なのは、その人の生活環境・活動内容に対して、体がどう適応しているかを見ることです。
よくあるご質問
ここからはよくある質問に対する回答をご紹介します。これまでの復習代わりにもお読みください。

- 解剖学的肢位(膝伸展・直立)は「記述のための基準」であり、必ずしも全員にとっての“理想姿勢”ではない
Kuntz C, Levin KH. Basic Clinical Neuroanatomy. McGraw-Hill; 2017. - 腰椎前弯角には広い正常範囲があり、健康成人でも30〜60度程度と個人差が大きい
Pillai K, et al. Evaluation of the Normal Range of Thoracic Kyphosis and Lumbar Lordosis Angles Using EOS Imaging. Maedica (Buchar). 2020;15(1):87–91.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7221279/ - 民族差(アジア人 vs 欧米人)よりも、同一民族内の個人差の方が脊椎アライメントでは大きい
Poley MJ, et al. The effect of ethnicity on the age-related changes of spinopelvic parameters: a systematic review. Bone Joint J. 2023;105-B(4):xxx–xxx.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10065848/ - 静的立位では膝伸展・腰椎前弯がエネルギー効率的だが、歩行・走行など動的場面では膝は軽度屈曲し、完全伸展が常に最適とは限らない
Motoshima Y, et al. The Relationship between Leg Extension Angle at Late Stance and Knee Flexion Angle during Gait in Older Adults. Int J Environ Res Public Health. 2021;18(22):11884.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10090846/ - 腰椎前弯と腰痛には関連が示唆されるが、因果関係は明確でない。腰痛群と非腰痛群の間でも前弯角のばらつきが大きい
Mitchell T, et al. How consistent are lordosis, range of movement and lumbo-pelvic rhythm in people with and without back pain? BMC Musculoskelet Disord. 2016;17:190.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5034504/
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本記事では、姿勢をテーマに解剖学・医学上の基準、正常と最適の違いなどについてまとめてきました。
本記事は連載企画の第1部となっておりますので、今後のシリーズ化される他の記事も併せてお読みいただけるとより理解が深まります。
また、姿勢や体の構造については他にも記事を書いておりますので、そちらもお読みいただけますと幸いです。
まとめ:「正常」より「機能」を見る
本記事の重要ポイントをまとめます。
次回は、第2部「日本人だからこの姿勢?」をテーマに、文化的適応と生物学的特徴を整理していきます。少々難しいテーマかもしれませんが、ご興味があればぜひ更新をお待ちください。
神奈川県伊勢原市の整体院すいっちでは、施術だけでなく、日常の姿勢や動作(体の動かし方)を含めた指導も行っております。何か姿勢や動作についてのお悩みや疑問があればお気軽にご相談ください。
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重要な免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を目的としたものではありません。姿勢や痛みについて気になることがあれば、医療機関や専門家にご相談ください。

















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